そもそもストーリー

【そもそもストーリー】フィギアスケート、昔は地味だった??

2019年2月17日

【問題】

ジャンプの高さや優雅さや華やかさを競う競技のフィギュアスケート。
衣装もきらびやかで、冬の人気スポーツなのですが、実は、そもそもフィギュアスケートは、今とは違い、あることを競う競技でした。

では、そのある事とは何だったのでしょう??

【答え】

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【答え】
氷上に図形を描くこと

【解説】

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【解説】
「フィギュアスケート(英: figure skating)」 というのは、もともと、姿かたちの美しさを競う競技ではなく、氷の上に、いかに正確な図形を描けるかを競うものでした。

フィギュア(英: figure)は、その名の通り、図形という意味だったのです。

スケートの歴史とフィギュアスケートの始まりとは??

フィギュアスケートの起源は明確になっていませんが、マンモスやシカなどの骨を削ったスケートが、旧石器時代から使われていたとされています。
もちろんこの頃のスケートは、ソリなどと同じく、物資や狩りをした後の食料などを運ぶ手段として、使用されたと想像されています。

その後時代は進み、中世の頃にはオランダやイギリスなど、水深の浅い氷が張った沼沢地帯でスケートの文化が発展していきます。
12世紀頃からオランダで運河の建設が始まり、17世紀にはその完成した運河が凍ると、現在のアイスリンクのような氷が張り、あらゆる人々がスケートを楽しむといった文化が発達していきます。

しかし、ここでスケートは大きな分岐点を迎えます。

農民階級の人々は早く目的地に到着するスピードを重視し、貴族階級の人々は滑り方の芸術性や優雅さといったスケートを楽しむようになります。
ここから娯楽として一本道だったスケートの文化が、フィギュアスケートとスピードスケートに分かれて発展していくきっかけとなりました。

世界初となるフィギュアスケートのクラブとヨーロッパでのブーム

オランダでのフィギュアの原型となったスケートの滑走術は、海を渡って1660年にイギリスに伝わります。
“ダッチロール”と呼ばれたオランダ貴族の滑り方と、シルクハットとモーニングの衣装を着て滑る独特のスタイルはイギリスでも大流行しました。

Dutch roll「オランダ式円運動」

両手を前に組み、背筋をピンと伸ばし、片脚のアウトエッジで滑りながら、もう片方の脚は後ろに伸ばし、円弧を描きながら滑走する。

そしてエディンバラに世界で初となるクラブの“エディンバラ・スケートクラブ”が1742年に誕生します。
それまで主流だった優雅な姿勢のスケートから、曲線を描くような滑りのスタイルへと変化していきます。

ドイツでもスケートのブームが起こり、グーツ・ムーツが1773年に“青少年の体育”の著書を発表し、フィギュアスケートがスポーツとして親しまれます。
またドイツだけでなくフランスでも、フィギュアスケートの滑り方などの著書が発表され、ヨーロッパの各地でフィギュアスケートの原型が発展していきます。

19世紀に入ると、イギリスでは優雅な滑走スタイルよりも、より難易度の高い滑り方やターンなどに力が注がれ、今はなき種目の“コンパルソリーフィギュア”の原型へと発展していきます。

ヨーロッパでブームとなったフィギュアスケートは、アメリカにも伝わり独自の進化を続けます。
1877年には日本にもアメリカからスケートが伝わります。

当初は外国人の娯楽に過ぎませんでしたが、1897年(明治30年)頃、米国人のデブィソンが仙台城の堀である五色沼で子供達にフィギュアスケートを教えました。
これが日本でのフィギュアスケートの発祥とする説があります。

1909 年(明治42年)頃には、(旧制)第二高等学校の生徒が、ドイツ語教師ウィルヘルに フィギュアスケートの基本を習い、彼らの後輩を含めて各地で普及に努め、日本スケート界の功労者といわれました。

1908年に行われたロンドンオリンピックでは、フィギュアが競技種目に取り入れられ、やがては冬季オリンピックへの開催につながっていく。
そして1952年にはアイスダンスもフィギュア大会の正式種目に認定され、フィギュアスケートの種目が男子シングル・女子シングル・ペア・アイスダンスといった今の形になったのでした。


「放送作家・横山龍太のアイデア研究所」より引用
https://ameblo.jp/pon-ryuta/entry-12439331245.html

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