そもそもストーリー

羽根つき餃子はいつからスタンダードになったの??

餃子を焼く定番であり、これがここ30年に生まれたと誰も気づかない「羽根つき餃子」。
日本で羽根つき発祥のお店として有名なのが、大田区蒲田にある中華料理店「你好(ニーハオ)」。

羽根つき餃子が生まれたのは1982年(昭和57年)。

創業者でもある店主・八木功さんによると、中国で食べた小麦粉の焼き目が美味しい「焼き肉まん」を思い出し、その焼き方を真似して餃子を焼いたところ、偶然にも羽根ができて「羽根つき餃子」が生まれたという。

ん??何その「焼き肉まん」って??

日本で肉まんといえば、蒸す方式が一般的ですが、中国では、鉄板の上に置いた肉まんにお湯で溶かした小麦粉を上からかけて焼くスタイル。
肉まんの間に小麦粉を流し、それが焼き目になって羽となり美味しい焼き肉まんが完成。

このように、焼き肉まんの真似をして餃子を焼いてみたことがきっかけとなり、「羽根つき餃子」が蒲田で誕生。
その後、蒲田で羽根つき餃子が大ヒットと飛ばし、今ではJR蒲田駅を中心とした半径500メートル圏内に約20軒もの餃子屋が軒を連ねており、東京における餃子の聖地となったのでした。

「粗挽き肉に豚骨と鶏がらスープを混ぜ、一晩寝かせてスープをたっぷり染み込ませる。これがうちのおいしさの秘密。味がしっかりついているので、まずはそのまま食べてみて」
(八木さん)

你好が元々約30年前に300円で提供していたこともあり、その店主が最初に提供した金額の300円に習って、蒲田では1皿300円の店舗が多いのです。

でも、中国では肉まんを焼いているとするならば、餃子は本当に焼いてなかったのか??

餃子は蒸し焼きが中国式で日本は焼きスタイルというのが一般的ですが…
羽根つき餃子は蒲田が発祥の地のように言われていますが、果たしてそうなのでしょうか。

羽根つきの発祥は中国??

実は中国では約180年前に遼寧省瀋陽市ですでに誕生していました。
発祥のお店は南山の老辺餃子。
1829年開業で当時から冰花煎餃(羽根つき餃子)発祥の店として知られていたそうです。

中国では焼餃子は鍋貼と呼ばれ、「餃子」とは違う食べ物と考えられています。
そのため餃子といえば、老辺餃子が生まれた瀋陽のように東北部では水餃子を指し、深圳のある広東省や香港では蒸し餃子を指します。

では、なぜそもそも日本では餃子を焼くようになったの??
それは餃子の立ち位置が中国と日本で違うからです。

中国では餃子は主食。
日本では餃子はサイドメニュー。

中国北部では小麦が主食となり餃子とご飯は一緒に食べません。
餃子自体が、一品で炭水化物も肉も野菜も摂れる完結した料理。
そのため、皮は分厚く、食べ応えのあるものが多いのです。
また、油を使った焼き餃子が一般的でないのも、水餃子や蒸し餃子の方が一度に10個、20個と数をたくさん食べられます。

対して、日本の主食は米。
米に合うおかずとしては、油の香ばしさが加わった焼き餃子の方がより適しおり、焼き餃子は、ご飯に合うおかずとして、日本人に定着したのでした。

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