そもそもストーリー 旅が楽しくなる

【そもそもストーリー】元々初詣はある目的のために・・・

2019年1月16日

【問題】

"お正月。初詣に行かれる方が多くいますが、この初詣の習慣ですが、
実は!!?
比較的最近の習慣で、明治時代に誕生したものだったのです。
その初詣で、元日の初詣の歴史は川崎大師から始まりました。
実はある目的があり、初詣の習慣を広めたのですが、

ではその目的とは何だったのでしょう?

【答え】

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【答え】
電車に乗ってもらうため

【解説】

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【解説】
江戸時代までは「年籠り」いい、家長(世帯主)が近くの神社に、大晦日の夜から元旦の朝まで籠っていた。
自分が住んでいる土地から見て、恵方(運の良い方角)の神社に行っていました。

ところが、1872(明治5)年、新橋と横浜の間で鉄道が開業しました。
奇しくも川崎大師はその沿線に位置。
川崎大師の周辺は、現在は市街地化していますが、明治期はとてものどかでした。

そこで
「ちよツと汽車にも乗れ、ぶらぶら歩きも出来、のん気にして、至極妙なり」
(『東京朝日新聞』1891年1月3日)
として、川崎大師に正月休みの行楽を兼ねて、恵方や縁日などといった細かい縁起にこだわらずに参詣する人々が増えていった。
(当時は汽車に乗ること自体もハレの経験であった)。
そして、この新しい慣習が「初詣」と呼ばれるようになりました。

※「初詣」の初出
(『東京日日新聞』1885年1月2日)
「初詣」という言葉が使われたもっとも早い史料と思われる新聞記事。
三ヶ日は川崎大師へ「初詣」に行く人が多いので、川崎駅に急行列車が臨時停車すると報じている。

その後、鉄道会社の集客競争が加わり日本全国へ浸透。
地元の有名神社にお参りに行くようになっていきます。

もともと神社へのお詣りは、「お伊勢参り」や「大山詣り」など、レジャーとしての意味合いもあった。
鉄道の開業で、初詣りもレジャー化していった。
官営鉄道もこの人出に対応して臨時列車を運行したり、急行列車を川崎駅に臨時停車させたりしていたという。
この「元日詣り」を新聞は「初詣」と報じた。

関西では西宮神社が初詣のルーツ

西宮神社はもともと1月10日ごろの十日戎(えびす)でにぎわっていたけれど、阪神電気鉄道が元日の初詣を宣伝したため、元日の参詣客も増えたそうだ。

その後…初詣客の膨張をもたらした鉄道の乗客争奪戦

東京をはじめとする大都市圏では鉄道網の充実とともに路線が並行・近接する鉄道同士(国鉄VS私鉄または私鉄VS私鉄)で熾烈な乗客争奪戦が生じ、これが初詣客の膨張をもたらしました。

なかでも激しかったのが、成田山初詣客をめぐる国鉄と京成の競争。
国鉄は大正期までに上野―成田と両国―成田の二つのルートを有していたが、1926年12月に京成電軌が押上―成田間を全通させたことにより、両者の乗客(=参詣客)争奪戦が勃発した。

国鉄が
「例年にない列車の大増発」
「〔運賃の〕破格な割引」
「〔成田駅前での〕湯茶の接待等のサービス」
(『東京朝日新聞』1932年12月31日)
とくれば、
すかさず京成がさらに安い割引運賃にくわえて「「純金」と「純銀」の不動尊像と開運御守りを乗客に抽選で出す」
など徹底抗戦―。

漁夫の利を得た乗客(=参詣客)にとって成田山はますます参詣しやすくなり、1940年には鉄道を利用する成田山初詣客が元日だけで243,000人、1926年の実に約10倍にまでふくれあがったのでありました。

「放送作家・横山龍太のアイデア研究所」より引用
https://ameblo.jp/pon-ryuta/entry-12430129928.html

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