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色白命!!中世ヨーロッパの美白にかける執念の歴史

特にアジアの方は美白に憧れを抱く傾向が強いと言われていますが…
「美白」なる言葉が、そろそろ辞書から消滅するのかもしれません。

「花王は化粧品の「美白」の表記を取りやめる。3月に発売したスキンケア商品を手始めに今後、全てのブランドで美白の表現を使わない。
米国で起こった黒人差別への抗議運動を受け、外資メーカーが肌の色による優劣を連想させる「ホワイトニング」などの表記を取りやめた。
国内勢で初めて花王が肌の色の多様性に配慮することで同様の動きが広がりそうだ」。

美白という言葉がなくなっても、やはり中世から続く美白への憧れは今後もなくならないのかもしれません。
では、本日はそんな美白の歴史をクイズ形式でさかのぼってみたいと思います。

中世ヨーロッパの驚くべきメイク法とは?

メイクの起源はヨーロッパにあると言われています。
しかし、中世ヨーロッパのメイクは現代とは違って、マスカラを塗ったり、口紅をつけたりするものではありませんでした。

なぜか??

キリスト教で禁止されていたから

中世の北部ヨーロッパと英国では、キリスト教の影響で化粧をすることは、公に認められていませんでした。
化粧を許されたのは、特権階級の人々のみで、セレブだけが化粧で自分自身を美しく見せることに夢中だったのです。

そのため、中世の女性(貴族、ブルジョワ階級以上)は、外出時に日焼け防止用の顔面マスクを常に携帯し、顔を覆っていました。

しかし!!当時の白粉は白鉛や水銀などが含まれていたため、皮膚にシミができたり、歯が黒ずんでボロボロになったり、鉛中毒になる人が多く発生。
これを誤魔化すために、口元を隠す扇子が人気となったのですが、
では、問題です。

Q:当時のヨーロッパで流行した肌の白さを引き立てるものとして、顔につけたものは?

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【答え】
ほくろ

当時使われていた白粉には、鉛白が含まれていて肌にシミができやすかったため、それを隠そうとしてつけぼくろをする女性が増えました。
黒と白のコントラストで肌の白さを強調できると考えられたためであり、
当時のつけぼくろは、黒い布や紙を切り抜いてのりで貼り付けたものでした。また、眉や髪の生え際を剃ったり抜いたりして、額を広く見せるのも流行りでした。

メイクアップという言葉のそもそもの由来

エリザベス朝時代になると、美白への執着心は更にエスカレートします。「雪のように真っ白な肌」が、最大のステータスだったのですが、
行き過ぎた結果、病的なまでの美白がトレンドに。
イギリス女王のエリザベス1世は蜂蜜をベースに、白粉を分厚く塗った化粧をし、当時はこの化粧方法がブームになったのです。

そのため、表情が分からないほど分厚く塗られ、顔を作り上げるということから、「make up(メイクアップ)」という言葉が生まれたのです。

さらに蜂蜜のノリをよくするためにしたものが…鳥やウサギの内臓のパックです。まだ内臓が温かいうちに取り出して直接肌に乗せると栄養が吸収されやすく、若返りも期待できると信じられていたため、特権階級の女性たちの間で内臓パックが大流行したのでした。

さらに時代は進みフランス革命の頃(1775~1789年頃)になると、マリーアントワネットのメイクが当時の人々の間で流行。
顔の美白には満足せず、首や肩に白粉をはたいてできるだけ白く見せました。

では、ここで問題。

Q:その肌がさらに見えるように、肌に描いたのは何だったでしょう?

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【答え】
血管

肌が白い人ほど、毛細血管が浮き上がって見えるものであり、
わざわざ青い静脈を書いて、さらに青白く見えるようにしたのです。
さらに、血を抜いてわざと貧血を起こしていた女性たちもいました。

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