中華街はどうして港町(横浜、神戸、長崎)にあるの??

2019年2月3日


【問題】

年末に賑わいを見せるスポット中華街。
食べ放題と店頭甘栗の乱立で、どこのお店が美味しいのやら??
というカオスになっておりますが、、

この中華街。全国に目を向けると、
なぜか横浜、神戸、長崎に。
横浜中華街、神戸南京町、長崎新地は日本三大中華街と言われていますが、
実は幕末、ある目的のために華僑の人たちがやってきて、
中華街として発展したのですが、ではその目的とは何だったのでしょう?

【答え】

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通訳のため

【解説】

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今から遡る事160年ほど前。
安政5年(1858年)に日米修好通商条約が結ばれ、
翌年の安政6年に、横浜港が開港。同時に長崎、函館も。
当時のおもな輸出品は生糸や茶であった。

そのため欧米人のために「外国人居留地」が設けられました。
横浜の山手や山下町には、このころの欧米人たちの住居や
商館が並んだ面影が残っています。

さて、港を開いたところまではよかったのですが、
黒船来航から急展開での開国だったため、
いきなり欧米人たちがやってきて住み始める、
という状況に日本側、そして欧米人ともに、とても戸惑い、対応に困っていたそうです。

その時、白羽の矢を立てられたのが中国人。
中国人は日本よりも早く西洋文化に接していた事。
さらに日本とは同じ漢字文化圏ということで筆談での通訳ができた事。
また何よりも当時の日本人が不慣れだった為替や貿易の仕組みを理解した。
という理由から、欧米人たちと一緒に来ました。

ちなみに、中華街で一番歴史が古いのは長崎。
これは、江戸時代の鎖国期間中も、長崎の出島でのみ明朝(のちに清朝)、
李氏朝鮮、琉球、オランダとは交易が続いていた名残で。
一説では、最盛期には長崎に居留する華人は、長崎の人口の1割以上を占めたという。
ちなみに長崎から上海までは約850Kmで、
東京までの967Kmよりも近い。

「放送作家・横山龍太のアイデア研究所」より引用
https://ameblo.jp/pon-ryuta/entry-12426090977.html